ダリル・ディーン・スペンサー
ドクターベースボール
.311 38本 77打点
1949年プロ入り
ニューヨーク・ジャイアンツ・サンフランシスコ・ジャイアンツ(52〜53,56〜59)ーセントルイス・カージナルス(60〜61)ーロサンゼルス・ドジャース(61〜63)ーシンシナティ・レッズ(63)ー阪急(64〜68,71〜72)
阪急の助っ人外国人。バルボンの代わりに二塁手のレギュラーを掴むと長打力のある内野手として大活躍。65年シーズンは野村克也と熾烈な三冠王争いを展開。怪我の影響により三冠王は野村克也が獲得したが、3割38本塁打と立派な成績を残した。一度米国に戻るが、株の大失敗により71年シーズンから復帰。年により活躍は出来なかったが、引退時に残したスペンサーメモにより阪急の戦術は一層深まったとも言われている。
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